2020
鈴木 菜都美 工学院大学大学院
「余剰から培うまち-郊外住宅地を編みなおす-」
地方都市の郊外住宅地。モータリゼーションとともに郊外地には山を拓き住宅地が作られてきた。画一的な 街並みと整備された歩道、きれいに整った住宅街は人々の理想であった。しかし、まちびらきがなされて20、30年たち、住民が高齢化している今、これからも住まい続けていける街であるのか。公共交通は乏しく、 自家用車での移動がほとんど。地域のコミュニティも希薄になっている。地域内の余剰空間を利用し共有空 間として場をつなげていくことで地域社会を構築し、このまちの住まい方を再考する。
【講評】
30年の時を経て、人口減少、少子高齢化による空き区画の増加、地域コミュニティの希薄化など多くの問題を抱え始めている典型的な地方都市(浜松市)の郊外住宅地。その「編みなおし」の提案である。基本的な考え方は「公」と「私」で構成されている住宅団地の中に「共」の空間を挿入するというもの。空き区画、空き駐車場は、農地や菜園、広場、ガーデンといった住民の共有庭に、空き部屋のある家はリノベーションし、シェアキッチン、図書館など、住民共有の部屋に変える。敷地境界にフットパスを設け、共有空間へのアクセス路とともに住民同士のコミュニケーションを誘発する道とする。地形と既存高齢者施設等の分析、500m生活圏の住民の歩き方、空き部屋の共用の仕方、農の導入等が、空間計画上も、また地元の銀行やJAを巻き込む運営計画上も、丁寧に計画されており、これからの暮らしの豊かさが具体的に感じられる提案に仕上げられた点は、大変高く評価できる。
松村 秀一 (東京大学大学院工学系研究科特任教授)
藤沢 裕太 東京電機大学大学院
加藤 未来 東京電機大学大学院
川田 啓介 東京電機大学大学院
「興野町住宅団地住戸改修プロポーザル」
築約60年の団地の住戸リノベーションプロジェクト。都住宅供給公社の「興野町住宅」はRC造27棟が老朽化し、 公社が建替と改修を決めた。また住民の約7割は65歳以上であることから、公社は若い世代の入居で団地を活 性化させようと考えた。そこで改修棟のうち4戸(27-29㎡)を近隣大学である東京電機大学の学生を対象に設計 プロポーザルを行った。2戸は若者の単身者向け、別の2戸は繋げて1つの住戸とし子育て世代に貸し出すとい う二つの大まかな設計要件の元、実施設計までを視野に入れた基本設計51の案が集まった。その中で、単身者 向けの2戸には「湾曲壁の隠れ家」「伸びちぢみする家」、子育て世帯の住戸には「趣味人たちの空間」が採用さ れた。この3つの案では、デザインだけでなくコストコントロールや排水管の勾配を勘案した水回りの計画が行 われていることなども評価ポイントとなった。その後、提案した学生らが主体となって基本設計図面をもとに実施 設計図面の作成、見積もり等を行い、公社との設計協議を経て昨年12月に実施設計が完了した。今後は工事監 理にも学生が積極的に関わり、完成は2020年9月を予定している。
【講評】
興野町住宅は、1959年に建てられた東京都住宅供給公社の住宅団地である。その再生プロジェクトの一部に、近隣大学の学生の設計案による住戸改修計画が組み込まれた。集まった51案から選ばれたのは、①25㎡の小さな住戸にゆるやかな奥行きを持たせた「湾曲壁の隠れ家」、②建具の開け閉めで帯状の空間が様々につながる「伸びちぢみする家」、③隣り合う土間付きの2戸を行き来しながら生活を開く「趣味人たちの空間」の3つである。これらのアイデアは、発案者を中心とする学生チームの手によって、さらに実施設計のかたちにまで落とし込まれている。まとめに向けては教員等によるサポートも少なくなかっただろうが、それぞれの案のユニークなアイデアとデザインのレベル、チームの協働作業による完成度の高さから、「集合住宅再生・団地再生・地域再生学生賞」に値するものとして評価された。学生入居を想定しているとのことで、実現が楽しみである。
森田 芳朗 (東京工芸大学工学部建築学科建築構法研究室教授)
河野 麻由 椙山女学園大学
「re ; re 〜窯業における廃材のマテリアル化と木造倉庫の再生〜」
美濃焼の町、岐阜県土岐市下石町を敷地として、最盛期から取り残された、「使われなくなった道具」、「生産過程で出る不良品や捨てられる陶磁器」、「かつての下石町の窯業を支えた木造の釉薬工場兼倉庫」を再生する提案。
【講評】
この案は岐阜県土岐市で地域を支えてきた窯業関連の建物や材料、加工品を丁寧に見つめ直し、それらを建築として再構成することで、新たな魅力を作り出そうというプロジェクト。その地で作られたものを再利用したマテリアルを用いて木造倉庫を改修することにより、地域の特徴を色濃くまとう建築を提案した点を評価した。
この空間に観光客向け、地元の人向け、職人、窯業関係者の使う機能を複合することで、衰退傾向にあるこの地の窯業の新しい情報発信の場を構成している。ひとの往来が意識される提案だけに、平面計画についての判断の根拠となる配置図やダイアグラムもあればなお良かった。さらに欲を言えば散りばめられたマテリアルの集合体として、建築を見通せるような仕掛けを表現してほしかったが、自ら材料を見つけ、加工し、その地を表象するマテリアルを作る提案は、地域に根ざす建築として、このまちにあってほしいと思わせる説得力があった。
宮部 浩幸(近畿大学建築学部 建築・都市再生デザイン研究室准教授)
尾﨑 雄太 東京大学
「Old New Town まちのまびきかた」
東京都八王子市めじろ台団地は、1967 年に京王電鉄によって造成された戸建て住宅団地である。雑木林と田園広がる自然豊かな高台は、造成を通して雛壇状の閑静な住宅街に生まれ変わった。良好な住宅環境を維持するために、店舗や共同住宅の建設を禁止する地区計画が策定された。
それから半世紀が過ぎた現在のめじろ台は、少子高齢化の進行や、人口の減少傾向による空き家・空き地の増加などの課題を抱えている。その要因の一つとして、戸建て住宅以外の建物の建設を禁止する地区計画の存在から、 画一的な住宅街が形成され、幅広い年齢層の新規住民の獲得に失敗したことが挙げられるだろう。 今後さらなる少子高齢化と人口減少の進行が予測され、まちの持続可能性に疑問が呈されているこの団地を、次の50年に向けてどう改善すれば良いのだろうか?
本制作では、住民からなる組織である「めじろ台トラスト」の結成を仮定し、同団体の取り組みとまちの変容を時系列で設計した。空き地空き家や道路網など既存の社会資本を活用しながら、住民が自力で資金を集めまちを運営することが可能になるような仕組みづくりを行った。
既存の市街地において、実際に応用できるような設計になったと考える。
【講評】
この計画は、宅地造成され開発された戸建て団地を、シナリオアプローチの手法により、トラストという事業手法と組み合わせて将来像を模索したものである。
全国的に、かつて造成された住宅地は、空き区画のまま残っていたり、空き家が増えている。人口減少が進み、条件的に不利な郊外の住宅地から見捨てられていくようになると予想されている。しかしながら、その終末までのプロセスはいまだ見いだせていない。
そのような状況の中で、この提案は、2067年までの長期の時間軸を設定し、住宅地のシナリオを描こうという意欲があった。その始まりはトラストが組織化され、そこが中心となって、住宅地の価値を守るようなプロジェクトや事業が進められる。また、それに合わせ住環境改善の設計がされている。
これらの提案によってこの住宅地の居住者のQOLがどのように向上されるかが見えにくかったが、ソフトとハードの両面から提案されていることが好印象であった。
鈴木 雅之(千葉大学大学院国際学術研究院准教授)
中野 沙紀 工学院大学大学院
木元 勇武 工学院大学大学院
星 佳佑 工学院大学大学院
草野 壱成 工学院大学
「郊外住宅地でのDIYによる空地リノベーションの実践 〜グリーンインフラ技術を活用した地域再生〜」
このプロジェクトは、神奈川県川崎市内の郊外住宅地にある空き地をグリーンインフラ性能を備えた広場にリノベーションし、地域の日常的な交流の場に再生したものである。 現在、日本の人口減少や空家・空地の増加が社会問題となっている。神奈川県川崎市においても、郊外部では人口減少局面を迎えた地域もあり空地の増加が見込まれている。 本プロジェクトは、空き地を川崎市の資源ととらえ、住宅地における空地のグリーンインフラ化、大学による空地マネジメント、地域との関係デザインの3つを軸にしてコミュニティ広場づくりの実践を行った。マネジメントの中心的な役割は学生が担うことで、地域社会や子供との関わりの触媒として機能した。その結果、景観が改善され、日常的な交流や遊び、子供のための学び場となったことで存在価値・利用価値が生まれ、地域のサードプレイスとなった。 空地では、オープンなだけでは公共的な場所としての成立は難しい。親しみやすく使いやすいデザインやマネジメント(ファニチャ作り、菜園作り、樹皮のマルチング、スウェールの整備等)を展開することが、空地を通した地域再生の実践としてすすめられた。
【講評】
郊外住宅地における空地を、学生主体で広場の土台をつくり、専門家のアドバイスを受けながら地域の住民らを徐々に巻き込み、3年にわたって空地を住民らの広場に生まれ変わらせるというプロジェクトである。週に2回ずつ、3年間で192日も現場に訪れて、地元住民や地域の小学校や保育園、そして市の担当者をも巻き込みながら、ワークショップやマーケット、朝市や菜園プロジェクトを行っていくことで、地域の人たちとの人間関係を繋げながら、「地域を育てる広場」のコンセプトをもとに活動を行ってきた。
結果として景観の改善だけでなく、様々な活動を繰り広げる中で、「場」が本来持つべき「人の交流を繋げる役割」を担うまでになった。つまり、空地の単なる改良ではなく、空地を真の意味で地域住民の「広場」として機能させていることになり、これを地域再生の実践として成し遂げている点において、高い評価ができると考える。
田島 則行 (千葉工業大学創造工学部建築学科助教)
今年は、昨年よりも多くの応募作品が集まり、またその内容には感心させられるものや興味深いものが少なくなく、審査会も楽しいものになった。
既存の建築ストックの有効な活用や適切な改善によって、私たちの暮らしの環境をより豊かなものにしよう、そして、現在それぞれの地域が抱えている問題の解決に向かっていこうという姿勢は、ほぼすべての応募作品に共通していたが、その着眼点は実に多様で、既にこの分野での実践が積み重ねられ、私たちが想像している以上に、学生の方々がそれらの内容に触れる機会を持っている今日の状況を改めて強く認識させられた。
例えば、その着眼点は、地域の福祉サービスや小規模な商業活動であり、ちょっとした触れ合いの場づくりであり、地域の記憶を呼び覚ます素材であり、長期にわたる共用空間等の経営であり、旧来のサイズの住戸空間の中での新しい暮らし方であり、自然や農的要素の新たな導入等であった。中でも、複数の着眼点をうまく結び付け、全体としての居住環境の豊かさに結び付けることに成功している内田賞受賞作品「余剰から培うまち-郊外住宅地を編みなおす-」は、そうした今年の傾向を代表するものでもあった。
来年以降の本賞の事業についても期待が膨らむ本年の内容であった。応募された学生の皆様に心より感謝申し上げたい。