会長挨拶

【会長挨拶】

団地再生、いよいよ本番です

松村秀一
(一社)団地再生支援協会会長

はじめに
 私たちの(一社)団地再生支援協会は、「団地再生」という大きなテーマに日本で初めて取り組み始めた複数の法人と個人とからなる団体です。前身の団体の発足から数えれば既に20年近い時が経過しました。そして今、これまでこの協会が築いてきた様々な専門家や住み手からなるネットワークと蓄積してきたハード・ソフト両面の技術が、人口減少段階という未知の領域に突入した日本の人々の幸せな未来に大きく貢献するべき時代を迎えています。是非、多くの皆様に協会の仲間に加わって頂き、また協会外の皆様からの様々なご要望を受け止めながら、私たちのポテンシャルを精一杯発揮していきたいと強く思っております。何卒よろしくお願い申し上げます。
令和2年1月

 さて、ここでは私自身の個人的な経験も含めながら、日本における団地再生の来し方、行く末について考えてみたいと思います。(なお、以下の拙文は、(一社)日本建設業連合会の広報誌「ACe建設業界」の拙著連載記事「希望を耕す」の第9回「団地再生」(2017年8月号)の引用に基づいています。)

四半世紀前の衝撃
 今から四半世紀程前のことです。私は「ハウスジャパン」というかなり大掛かりな通産省(現経済産業省)の技術開発プロジェクトに関わっていました。当時既に「フローからストックへ」と言われて久しく、リフォームやリノベーションが技術開発の主たる対象として強く意識され始めていました。
 7年間のプロジェクトの間、国際的な技術交流のために幾度かヨーロッパに調査団を派遣しました。そんな中で出会ったスウェーデン在住の建築家から、あるレポートをもらいました。そのレポートにあったのがこの2枚の写真です。初めは戦後の公共集合住宅の建替え前後の写真かと思っていましたが、聞けば建替えではないというのです。今時の言い方なら、リノベーション前後の写真なのだというのです。正直驚きました。建物を取壊すことなくこれほどまでに姿を変えた例を見たことがなかったからです。


1960年代に建ったスウェーデンの公共集合住宅(リノベーション前)


1990年代に行われたリノベーション後

 それから興味がわき、仲間とともにスウェーデンに限らず、フランス、ドイツ、デンマーク、アメリカで集合住宅団地を調べて回りましたが、同様に大規模なリノベーション実施例はあちらこちらで見られました。日本では殆ど知られていなかったので、広く知ってもらおうとまとめたのが「団地再生-甦る欧米の集合住宅」(拙著、彰国社、2001年)という単行本でした。
 同じ頃、若くてキラキラした建築設計組織みかんぐみが「団地再生計画/みかんぐみのリノベーションカタログ」(INAX出版)を出版し、3年後には、現在の私たちの協会、(一社)団地再生支援協会の前身にあたるNPO法人と任意団体が設立されました。けれども、当時はまだまだ、団地再生が時代の切実なテーマだという意識を国内で広く共有する雰囲気は醸成されていませんでした。

都市再生・地方創生の核としての団地
 2010年頃になってやっと、日本でも団地再生が産学官、東西南北、様々なところで議論され、少しづつですが実施例も出てくるようになりました。背景にあるのは主に二つ。一つは各地の団地で顕在化する問題、即ち同時進行する住み手と建物の高齢化です。もう一つは、多くの団地がその敷地の大きさやロケーションから、地域の活性化或いは衰退にとても大きな影響を与える存在だという事実です。
 東京を例にとると、これから10年の住宅政策の具体的な方針を示した「東京都住宅マスタープラン」の中で、8つの政策目標の内の1つが「都市づくりと一体となった団地の再生」とされており、団地再生の政策上の位置付けの大きさがよくわかります。そして、「都市づくりと一体となった」という文言が含意していますように、単に団地の中で顕在化する問題の解決だけを目標にしているのではなく、いわば都市再生の核として団地に期待を寄せているのです。
 また、2016年9月に施行された「都市再生特別措置法等の一部を改正する法律」では、「高度経済成長期に大量に供給され、老朽化が進んでいる住宅団地について、地域の拠点として再生を図ることが求められています」とした上で、市街地再開発事業の方法を適用して団地再生を進める可能性が新しく示されました。

新たな産業モデルを育む場として
 さて、このように団地再生の意義についての理解やそれを進める環境整備は進んできたのですが、実践となるとまだまだ捗々しく進んでいないのが実状です。団地再生プロジェクト自体が、それを実施する主体に新たな能力とその組合せを求めるからです。
 高齢者の多い社会での未来の生活環境への投資に関する合意形成。若者が移り住んでくるための子育て環境や新しいタイプの寄合いの場の形成。サポートを必要とする高齢者への医療・福祉サービスの提供。異なる世代が交流できる仕掛け。団地外の地域住民も気楽に出入りできる日常的な魅力の創出等々。従来の新築主体の建築産業に求められなかった能力発揮が複合的に求められます。言い換えますと、人口減少局面に入ったストック活用型社会に相応しい新たな産業モデルが求められているのです。
 今の日本、新たな産業モデルを育む団地再生のフィールドには事欠きません。日本中どこにでもあります。機は熟しつつあります。堰を切ったように各地で面白いプロジェクトが次々と動き出す日がとても楽しみです。